MENU CLOSE

チルル・パワーストーンの声を聴く石屋さん

チルル

心を読むことは、しあわせなことなのか?

ライン

心を読むことは、しあわせなことなのか?

雑談

こんにちは!

”心を読む”のが得意な方、いらっしゃいますか?

はい!!!私です。得意です。
ご本人が気が付いていない本心みたいなのも、わかったつもりになっています。
確かめる術はありません。

*******

相手の心を読もう

そういう自己心理に気が付いていますか?

人間が本来持ち合わせているものなのか、教育の賜物なのか?
”悩む”というのは、”相手の心を読もう”とするから起こっていることも少なくないのでは?
または、そこから生じる行動を予測しようとしている。

それって、自己防衛なんですよね。

*******

子供の頃に、よく言われませんでしたか?

もしくは、子供に言いませんか?

「相手がどういう風に思うか想像してみようか」って。

だいたい、言われた子の言動を”修正すべき”と大人が判断した時にかけられる傾向のある言葉。

*******

Yuの幼少期の友達に、いつも争いの絶えない発達障害っぽい子がいました。

観察していると、めちゃ賢いんですよね。
木の根っこにも怒るし、理不尽だと感じると怒る。譲るということを知りません。
(いま、筑波大駒場行ってるの)

まぁ、私は仲良かったので、
木の根っこに激怒している彼に木の気持ちを教えようとしているお母様を見て、
「えっ、A君さ、もしかして根っこに怒ってるの?えー木が可哀想だね」
「なんで?!可哀想なのは、ぼくの方!!!(木に引っ掛かって転んだ)」
「だって、A君より、木の根っこの方が、ずっと前からそこにいたのに、急に来て、自分が転んだからって、怒られてもねぇ。しかも、何回も踏みつけられてさー。痛かったね~(と木をさする)」
数分間ムスッと考えたあと・・、
「ぼくも悪かったかもしれない」と言い出したので、一緒に木の根っこに謝りました。

A君の気持ち(心)は分かりますが、必ずしも寄り添うことが、長い目で考えたときに、本人にとって良いとは限らない。その日から、変わったとご両親から後にお礼を言われました。

*******

公園で久しぶりに会ったB君。
「ね、ヒミツのこと教えてあげようか!誰にも言わないでね?」
「えっ、ヒミツなんでしょ?教えてくれなくていい、絶対に言わないで!」と私は逃げました。
B君は追いかけてきて
「特別に教えてあげるよ!」と言うので、
「本当に、絶対に知りたくない。」と応えました。
「実はね・・・。僕・・」と打ち明けられてしまった私。

盛大な溜息ですよ。本当に。
しかも、A君とB君のご両親は超揉めてて、後日A君のご両親が、まさにB君から打ち明けられたことについて話題にされるではないですか。現実はなんと残酷な・・。

「あー、この前、むりやりB君から、”絶対に言わないでね!”って、聞かされた・・」と打ち明けると、
「・・で、どうなんですか?」とA君のお父さんが聞いてくるので、
「言いませんよ(笑)絶対。本当に死ぬまで抱えることが増えた。あーいやだ!」と呟きました。
A君のお父さんは笑っていましたね・・。
正直に言うと、Yuにだけは、どうでもいいこと打ち明けられたということを言って、”誰にも言わないでね”がどれだけ罪深いか教えましたが、Yu以外の誰にも言っていないです。Yuも言っていない(たぶん、もう忘れている。)

B君が打ち明けたい気持ちもよくわかります。
きっと、ご両親に口止めされたんでしょう。5歳くらいの子に”言ってはダメ”を作るなんて・・と個人的には思うのですが、B君はひとりで抱えて苦しんでいたんでしょうね、私に打ち明けてスッキリした顔をしていました。

B君のご両親は、B君の心を読まなかったのでしょうか?
そうかもしれません。
じゃあ、誰の心を読んだのでしょう?
自分の意地悪な心かな?・・なんて。
きっと、A君のご両親の心を読んだ(つもり)だったのかな。
本当にどうでもいい情報で、A君のご両親にとっては何にでもないこと。

それで、B君やご両親は、何の幸せを得たんでしょう?いまだに、私にはわかりません。

*******

”相手の心を読む”

無意識に、自動的に、やっています。
エネルギーは繋がっているから・・。

*******

じゃあ、それとどう付き合えば良いのでしょうか?

まず、
「自分の心は、どうあるのか」を観察するしかないのかも。

それが分からない限り、
その想いが”自分なのか””自分でないのか”判断できないよね。

そして、仮に”自分の心”と思って行動を決めたとして、後から”違った!”ということは、よくあること。

それを失敗とカテゴライズするとしたら、それが失敗。

*******

私たちは、自分たちの想いも、自分たちのどこからか生じていると思っているかもしれない。

それがアイデンティティと思っていたり?

でも、そうなのかな??と私は思います。

2024年に読んだNewton別冊の”脳のすべて”は、私に新しい概念をくれた本です。

*******

私たちは、自分の心も、相手の心も、【読んでいる”つもり”】【わかっている”つもり”】になれる。

でも、本当には正確に【読むことは出来ない】し、【わかることは出来ない】。

じゃあ、なんで、そんな無駄なことをするのか?

ひとつの私の仮説としては、自分を危険を守るため。
危険とは、心が傷つくこと、ストレスも含まれるね。

*******

という前提を考えれば、私からすると【相手のことを想って】は成立しない。

どんな言動も、殆どの場合、【自分のため】に選択されている。

相手がした言動が、自分の過去の経験等と照らし合わせてメリットがあると脳が反射的に判断すれば、私たちは簡単に受け入れやすい。

*******

私たちは、気を付けなければいけないのかもしれない。

【あなたを想って言っている】という言葉に。

【いつも頑張っているね】という励ましの言葉に。

【あなたは優しいね】という無意識の評価に。

どんな言葉も、発した人は【自分のため】にしているとしたら?

どの言葉を信じる?支えにする?

それは、自分で選ぶことが出来る。

*******

私が、新卒で入社した会社を辞めるときに、けっこう可愛がってくれていた先輩に(というか、私が頼っていた)、お別れの電話をしたところ、
「おまえ、絶対に親に迷惑かけるなよ!」とやっぱり口悪く言われました。
私の脳内では瞬時に変換が起こり
「おまえ、絶対に決めた道でがんばれよ!逃げずにやり遂げろよ!」と聞こえました。

言葉って、本当に不思議なツールです。
きっと、私以外だと、違う風に捉えていたのではないかな。
その先輩かっこよかった(らしい)んで最初大人気キャーキャー言われていましたが、怖いって蜘蛛の子を散らすように誰も同期の子は近づかなくなりました。本当に優しい人だったですけど、ね。
先輩がどんな心で、私に声を掛けてくれたかは、未だに分かりませんが、それを知ることは私にとって何の意味もありません。
先輩が発した言葉に、意味付けをしたのは、私自身です。

*******

私がこう言ったら、相手はどう反応するかな?

私がこの選択をしたら、相手はどう行動するかな?

あの人の本心はどこにあるのか?

そういうideaは、言い方さえ気を付ければ、あたかも相手のことを想っているように感じられます。
でも、実のところは、相手の言動を推測して、それが自分の望まないものでありそうなら、こちらの言いかたや選択を調整することで、自分の望むことへ変化させたい・・。

*******

分かりやすい例が、カップルですよね。

悩んでもしょうがない”相手の心”を推し量るために、アレヤコレヤ駆け引きする?

彼女が、男性と2人で食事してたら、嫉妬するにとどまらず相手の悪口を言う人はいますよね(逆も然り)。どうしてそういう言動をするかと言うと、自分が同じ状況ならヤマシイのか(笑)もしくは、それを言われた彼女の反応を見ているのか。自分への愛を推し量っているのか。
Mumの解釈としては、そんな感じ。

浮気してるんじゃないかと相手にぶつけるたびに、関係性は崩壊していきます。
心を読もうとした結果、読めなくて、相手を揺さぶるという行動に出てしまう。

*******

仕事では役に立つことがあるかもしれない。
例えば、締切1か月後の仕事の場合に、2週間で上げれば喜んでくれる(相手の心を読んでいる)だろうと心を読んで、それをすれば、喜ばれるし、自分の評価も上がる(上司などの心を読んでいる)。

・相手が喜んでくれる
・自分の評価が上がる
どちらが先なのか?
私は、自分の評価が上がるからやっていると思っています。
もし、自分の評価が下がるけど、相手は喜んでくれることがあったとして、殆どの人はしないでしょう。

ところで、これは、もしかすると、将来的に自分を苦しめることになるかもしれない行動でもあります。
一見すると、双方にメリットがありますよね。
しかし、1年もすれば、それは、当たり前の光景になってしまいます。
”この人は、お願いした期日より1~2週間早く納品してくれる”
そして、期日通りにくると、不満になるのです。提供する側も、期日通りなのに不満に思われていることが判るので不満となる。

もし、誰の心も読まないで、淡々と仕事をするなら、期日通りに納品することがベストなのかも?
私は、自分のタイミングでランダムな人なので、早ければ喜ばれるし、遅ければ”いいよ”と言ってもらっています。自分らしくいることで【こういうひと】という相手が私をカテゴライズしてくれている。

このカテゴライズが固定化されて【仕事が早い】になってしまうと、結構追い込まれる場面はあるのかなぁと。

喜んでくれると、ついまたやってあげようと思います。私も、そうです。
それは、私が子供の頃に身に着けた無意識の反射でしかない。
親に喜んでほしいというのは、子供の純粋な想いのようですが、自分を護ってくれる唯一の存在をつなぎとめる手段でもあります。

それに気が付いた私は、敢えて、相手の感情に左右されて行動をしようとする自分を止めてみました。
「優しいね」と言われれば、次同じシチュエーションのときに違う行動(見て見ぬふりとか)をします。相手は明らかに不満気です。私が悪いんでしょうか?そうではないですよね、みんな頭では理解できると思います。でも、その不満のエネルギーに晒されることを耐えられず、結局「やさしいね」が返ってくる行動をとってあげてしまいがち。
相手にとって、「やさしいね」「ありがとう」で、誰かに自分が責任をとるべき選択を任せることは善なのでしょうか?
不満気な態度で、攻撃してくる人もいますよ。そうすることで、誰かを従えてきた経験があるから、無意識の反応です。そんな人と付き合う必要ありますか?たとえ、家族であっても、です。
家族だから突き放せない、と仰る方がいるのは知っていますが、家族だから突き放しても、何度でも関係性が変わるチャンスがあるのではないでしょうか。だから、家族という形が与えられている。
もちろん、物理的に離れることも、それぞれの選択、必ずいい関係に終着しなきゃいけないなんて設定はありませんから、自分を信じて、恐れに打勝ち、勇気をもって選択を試してみることを私はしました。

*******

昨日は、午後からチルル犬の散歩に出かけました。
ちょっと遠くまで歩きつつ、ネギの入った袋を持つ外人さんがベンチに座っているのを見つけました。
「あっ、空いてるスーパーがあるっぽい」と思いつつ、、なにしろ、冷蔵庫空っぽになっているので(笑)

時々参拝する神社に寄ってみました。
いつもは人気がないのに、大人気でした。
参拝に並んでいたので、遠くからお辞儀するにとどめました。
神さまは、決められた(?)場所で、決められた行為しないと気が付いてくれないとか、祝福くれないとかないから大丈夫。こちらも、「いつも、ありがとう」それだけ言いたかっただけ。神様に”何かしてもらおう”と思って参拝したことはないと思う。

スーパーは見つからなかったものの、高額な焼き芋を見つけて、食べました。
ねっとりした焼き芋に、Yuもチルル犬も夢中。
私は、皮がパリッとしていて、中が若干パサパサな焼き芋が好きです。
だれか、庭先で焚火をして、芋を焼いてほしいなんて、いまの時代には無理なのかな~。
家のグリルで、作れます!!

話がそれてしまった。。
結局、スーパーが見当たらないまま、晩御飯どうしようとか言いながら帰宅。
フッと、チルルのお客様から頂いたメールに書いてあった「初売り」の文字が浮かびました。
!!!デパート空いてるんじゃない??!
ということで、無事に、18時までのデパートの地下で食材をGetし、充実した晩御飯にありつけました。
ありがとう。

ついでに、”名古屋コーチンガラ”をGetしたので、昨夜は5時間煮てみました。
今朝、ほくほくの気持ちで、鍋を冷蔵庫から出すときに、鶏がらスープこぼして、浴びました。
大丈夫、こぼしたのは1/5位だから!あと、4/5残ってる!
しかも、家には、べたべたの冷蔵庫を瞬時に掃除できる粉を入れた水スプレーがあるし。
どんな出来事も、自分次第で意味付けは変わりますね。
そのスープに鶏肉と野菜プラスして作った、春雨朝食は、最高でした!!

最後は、どうでもいい話になりました。
年末年始で、Yuとチルル犬としか、話していないから(笑)

ではでは、またね。